ほんとうに掛け値なしに逆さまに流れる。厳密に言えば、時間の連続な流れの中から断続的に規則正しい間隔の断片を拾い上げたものを逆の順序に展開するのであるが、われわれの視覚的効果の上ではまさしく時の逆行となるのである。
 時の逆行によって物の順序が逆になり原因と結果が入り代わるというだけではこの重大な変転の意義は説き尽くされない。
 時が逆行しても本質的に変わらないものは、完全な週期的運動だけである。しかし、そんなものは実際の世界にはどこにもない。いかなる振り子の運動でも若干のエネルギーの消耗《しょうもう》がある限りその運動は必ず減衰して行くはずである。それが時を逆転した映画の世界では反対に、静止した振り子がだんだん揺れ出し次第に増幅するのである。もっと一般に言えば宇宙のエントロピーが次第に減少し、世界は平等から差別へ、涅槃《ねはん》から煩悩《ぼんのう》へとこの世は進展するのである。これは実に驚くべき大事件でなければならない。もっと言葉を変えて言えば、すべての事がらは、現世で確率《プロバビリティ》の大きいと思われるほうから確率の僅少《きんしょう》なほうへと進行するから不思議でないわけにはゆか
前へ 次へ
全15ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング