である。
 次に「空間」はどうなっているか。これは、言うまでもなく、三次の空間が二次の平面に投影されている。三次元の実体は二つ同時に同一空間を占める事はできないが、平面は何枚重ねても平面であるから、映画の写像はいくつでも重ね写しができる。オーヴァーラップの技巧はこの点を利用したものに過ぎない。しかも、これによって、生きている人をそのままに透明な幽霊にして壁へでもなんでもぺたぺたと張り付けあるいは自由に通り抜けさせることができるのである。
 映画における空間の特異性はこの二次元性だけではない。これに劣らず重要なことは、その空間の尺度がある度までは自由に変えられることである。広大な戦場や都市を空中写真によって圧縮してスクリーンのわく内に収めることもできれば、スターの片方の目だけを同じスクリーンいっぱいに写し出すこともできる。従って、この特徴と重写の技巧とを併用すれば、一粒の芥子種《けしだね》の中に須弥山《しゅみせん》を収めることなどは造作もないことである。巨人の掌上でもだえる佳姫《かき》や、徳利から出て来る仙人《せんにん》の映画などはかくして得られるのである。このようにカメラの距離の調節に
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