映画「マルガ」に現われた動物の闘争
寺田寅彦
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)虎《とら》や豹《ひょう》の闘法
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)猛獣|大蛇《だいじゃ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から3字上げ](昭和八年三月)
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映画「マルガ」の中でいちばんおもしろいと思ったのは猛獣|大蛇《だいじゃ》などの闘争の場面である。
闘争を仕組んだのは人間であろうが、闘争者のほうではほんとうに真剣な生命をかけた闘争をして見せるのであるから、おもしろくないわけには行かないのである。
動物によってそれぞれに武器がちがい、従って闘争の手法がちがうのがおもしろい。虎《とら》や豹《ひょう》の闘法は比較的にいちばん人間に似ている。すなわち、かみつく、引っかく、振り飛ばすというのである。ところが、水牛となるとだいぶ人間とは流儀が違う。頭を低くたれて、あの大きな二本の角《つの》を振り舞わすところは、ちょっと薙刀《なぎなた》でも使っているような趣がある。鋒先《ほこさき》の後方へ向いた角では、ちょっと見るとぐあいが悪そうであるが、敵が自分の首筋をねらって来る場合にはかえってこのほうが有利であるかもしれない。
鰐《わに》と虎とのけんかも変わっている。両方でかみ合ったままで、ぐるりぐるりと腹を返して体軸のまわりに回転する。鰐が虎をねじっているのか、虎が鰐をねじっているのか見たところではどっちだかわからない。しかし、あのぐるりぐるりと腹を返して引っくり返る無気味さは、やはり、虎よりも鰐の属性にふさわしく思われるものである。
大蛇と鰐との闘争も珍しい見ものであるが、なにぶんにも水の飛沫《ひまつ》がはげしくて一度見せられたくらいでは詳細な闘争方法が識別できにくいのが残念である。
これに反して虎《とら》と大蛇《だいじゃ》との取り組みは実にあざやかである。蛇《へび》の闘法は人間にはちょっとまねができず、想像することもできない方法である。客観的認識はできても主観的にはリアライズすることはできない種類のものである。虎もだいぶ他の相手とは見当がちがうので閉口当惑のていである。蛇が虎のからだにじりじりと巻きつく速度が意外にのろい、それだけに無気味さが深刻である。蛇が蛇自身の目では見渡せないあの長いからだを、う
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