宇都野さんの歌
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)対《む》き合って

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](大正十二年三月『朝の光』)
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 ある一人の歌人の歌を、つづけて二、三十も読んでいると、自然にその作者の顔が浮んで来る。しかし作者によってその顔が非常にはっきり出て来るのと、そうでないのとがある。云わば作者の影の濃いと薄いとがある。
 作者の本当の顔を知っている場合には、歌によって呼び出される作者の心像の顔は無論ちゃんと始めから与えられたものである。それにもかかわらず、作者によってはその心像の顔が非常に近く明瞭に浮ぶのと、なんだか遠い処にぼんやり霞を隔てて見るように思われるのとあるように思う。場合によってその作者の顔が出て来ないで、百人一首の中の画像が出て来たり西洋の詩人の顔が出て来たりする事もある。どうかすると一人の作者の顔が男になったり女になったりする事さえある。
 宇都野さんの歌によって私の頭に呼び出される宇都野さんの顔の輪郭は非常にはっきりしている。そうして私の眼前五尺とは離れぬ処に見
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