た。そしてもし記憶の誤りでなければ、このジャンの音響とともに「水面にさざ波が立つ」という事が上記の記載に付加されていた。
この話を導き出しそうな音の原因に関する自分のはじめの考えは、もしや昆虫《こんちゅう》かあるいは鳥類の群れが飛び立つ音ではないかと思ってみたが、しかしそれは夜半の事だというし、また魚が釣《つ》れなくなるという事が確実とすれば単に空中の音波のためとは考えにくいと思われた。ところが先年|筑波山《つくばさん》の北側の柿岡《かきおか》の盆地へ行った時にかの地には珍しくない「地鳴り」の現象を数回体験した。その時に自分は全く神来的に「孕《はらみ》のジャンはこれだ」と感じた。この地鳴りの音は考え方によってはやはりジャーンとも形容されうる種類の雑音であるし、またその地盤の性質、地表の形状や被覆物の種類によってはいっそうジャーンと聞こえやすくなるであろうと思われうるたちのものである。そして明らかに一方から一方へ「過ぎ行く」音で、それが空中ともなく地中ともなく過ぎ去って行くのは実際他に比較するもののない奇異の感じを起こさせるものである。ちょうど自分が観測室内にいた時に起こった地鳴りの際
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