る。
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孕の海にジャン[#「ジャン」に白丸傍点]と唱うる稀有《けう》のものありけり、たれしの人もいまだその形を見たるものなく、その物は夜半にジャーンと鳴り響きて海上を過ぎ行くなりけり、漁業をして世を渡るどちに、夜半に小舟浮かべて、あるは釣《つ》りをたれ、あるいは網を打ちて幸《さち》多かるも、このも[#「も」に「原」の注記]海上を行き過ぐればたちまちに魚騒ぎ走りて、時を移すともその夜はまた幸《さち》なかりけり、高知ほとりの方言に、ものの破談になりたる事をジャンになりたりというも、この海上行き過ぐるものよりいでたることなん語り伝えたりとや。
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この文は鹿持翁の筆なればおおよそ小百年前のことにして孕《はらみ》のジャンはこのほどの昔よりもすでにその伝があったことが知れる(後略)。」寺石氏はこのジャンの意味の転用に関する上記の説の誤謬《ごびゅう》を指摘している。また終わりに諏訪湖《すわこ》の神渡りの音響の事を引き、孕のジャンは「何か微妙な地の震動に関したことではあるまいか」と述べておられる。
私は幼時近所の老人からたびたびこれと同様な話を聞かされ
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