。それは到底今の自分には急にできそうもない。それかと言っていつになったらそれができるという確かな見込みも立たない。
それで、ただここにはほんの一つの空想、ただし多少科学的の考察に基づいた空想あるいは「小説」を備忘録として書き留めておく。もしこれらの問題に興味をもつほんとうの考証家があればありがたいと思うまでである。
一
その怪異の第一は、自分の郷里|高知《こうち》付近で知られている「孕《はらみ》のジャン」と称するものである。孕は地名で、高知の海岸に並行する山脈が浦戸湾《うらどわん》に中断されたその両側の突端の地とその海峡とを込めた名前である。この現象については、最近に、土佐《とさ》郷土史《きょうどし》の権威として知られた杜山居士《とざんこじ》寺石正路《てらいしまさみち》氏が雑誌「土佐史壇」第十七号に「郷土史断片」その三〇として記載されたものがある。「(前略)昔はだいぶ評判の事であったが、このごろは全くその沙汰《さた》がない、根拠の無き話かと思えば、「土佐今昔物語」という書に、沼澄《ぬまずみ》(鹿持雅澄《かもちまさずみ》翁《おう》)の名をもって左のとおりしるされてい
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