現象と連関して起こるから、その点で後に述べる時間分布の関係から言って多少この説に有利な点はある。しかしいわゆる光の現象やまた前述のまじないの意味は全くこれでは説明されない。
これに反して、ギバがなんらかの空中放電によるものと考えると、たてがみが立ち上がったり、光の線条が見えたり、玉虫色の光が馬の首を包んだりする事が、全部生きた科学的記述としての意味をもって来る。また衣服その他で頭をおおい、また腹部を保護するという事は、つまり電気の半導体で馬の身体の一部を被覆して、放電による電流が直接にその局部の肉体に流れるのを防ぐという意味に解釈されて来るのである。
またこういう放電現象が夏期に多い事、および日中に多い事は周知の事実であるので、前述の時間分布は、これときわめてよく符合する事になる。
場所のおのずから定まる傾向については、自分は何事も具体的のことをいうだけの材料を持ち合わせないが、これも調べてみたら、おそらく放電現象の多い場所と符合するようなことがありはしないかと想像される。
しかしこの仮説にとって重大な試金石となるものは、馬のこの種の放電に対する反応いかんである。すなわち人間にはなんらの害を及ぼさない程度の放電によって馬が斃死《へいし》しうるかどうかという事である。これについてはおそらくすでに文献もある事と思われるが、自分はまだよく承知していない。ただ馬が特に感電に対して弱いものであるという事だけは馬に関する専門家に聞いて確かめる事ができた。なおこれについては高圧電源を用いていくらも実験する事が可能であり、またすでにいくらかは実験された事かもしれない。しかし実験室で、ある指定された条件のもとにおいて行なわれた実験が必ずしも直接に野外の現象に適用されるかどうかは疑わしい。結局は実際の野外における現象の正確な観察を待つ必要がある。
ギバの現象が現時においてもどこかの地方で存在を認められているか。もしいるとすればこれに遭遇したという人の記述をできるだけ多く収集したいものである。読者の中でもしなんらかの資料を供給されるならば大幸である。
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(この「怪異考」は機会があらば、あとを続けたいという希望をもっている。昭和二年十月四日)
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[#地から3字上げ](昭和二年十一月、思想)
底本:「寺田寅彦随筆集 第二巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
1947(昭和22)年9月10日第1刷発行
1964(昭和39)年1月16日第22刷改版発行
1997(平成9)年5月6日第70刷発行
※底本の誤記等を確認するにあたり、「寺田寅彦全集」(岩波書店)を参照しました。
入力:(株)モモ
校正:かとうかおり
2000年10月3日公開
2003年10月30日修正
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