ひっきょう》は人間がその所信に対する確証を求めようとするまじめな欲求にほかならないかもしれない。
 それはどうでもいいが、この場合迷惑至極なのは象である。腹が立っても、どうする事もできないところへ、こういう境遇に置かれてプレジュディスのめがねの焦点になっては全くやるせがない。もしも一つ所に象の仲間がおおぜいいて、そして仲間どうしで話をする事ができたらそれならなんでもない。そうなれば象仲間で人間のほうを気違いにしてしまって、そして象どうしで仲よくしていればよいのであるが、悲しい事には、この象にはそういう自分の世界が恵まれていなかった。
 この場合象が気違い扱いを免れる方法はただ一つしかなかった。すなわち多数者たる人間と妥協する事であった。不幸にしてこの象はそれをあえてするにはあまりに正直で善良であったのである。その結果はあのとおりである。
 これはただ一つの有りうべき場合の想像に過ぎない。しかしもしこの想像がほんとうであったとしたら、今度は思わぬ機会で今までとはちがった人間の群れの中に迎えられて、そうして、気違いでないあたりまえの象として見られ取り扱われるようになった事はこの象にとってど
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