くきわめて純良で正直であって、この異郷の動物の気持ちなどをいろいろと推測してそれに適合する事をあえてするにはあまりに高い人格を持っていたのである。こうした二つのものが相接触すればいつかはけんかになる事が当然すぎるほど当然な帰結である。
 それでとうとう感情の背反が起こって来た時に、これが両方とも人間であるか、あるいはいっその事両方とも象である場合にはかえって始末がいいかもしれないが、困った事には一方が人間で一方が象であったのである。一方は口がきけてそして仲間がおおぜいいるのに、一方は全く口がきけなくてそしてただの一人ぼっちであった。これが大なる不幸のおもなる原因であったのである。
 けんかをする時にはだれでも少しぐらいは気が狂っている。そしてお互いに相手の事を、あいつは気違いだと触れ回ってもたいてい聞く人のほうで相手にしないから、結果はそれきりでなんらの後難をひき起こす恐れがない。
 ところが現在の仮想的事件の場合においては、象が人間の言う事を聞かないから人間がおこった、それから象がおこったのであっても、その人間が仲間の人間にこの事件の顛末《てんまつ》を話して聞かす時には、きっと象がお
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