ぞれの権威があってこれらの人々の集団が一つの理想的な権威団を形成すると考えてよい。この権威の財団法人といったようなものの権威の程度はどのようであろう。これとても決して絶対的なものではない。
 つまり各部門においては現在既知の知識の終点を究め、同時に未来の進路に対して適当の指針を与え得るものが先ず理想的の権威と称すべきものではあるまいか。
 現在既知の科学的知識を少しの遺漏《いろう》もなく知悉《ちしつ》するという事が実際に言葉通りに可能であるかどうか。おそらくこれは六《むつ》かしい事であろう。しかし特殊の題目について重《おも》なる学術国の重なる研究者の研究の結果を up to date に調べ上げて、その題目に対する既得知識の終点を究める事は可能である。これを究めてどこまでが分っているかという境界線を究め、しかる後その境界線以外に一歩を進めるというのが多くの科学者の仕事である。科学上の権威者と称せらるる者はなるべく広い方面にわたってこの境界線の鳥瞰図を持っている人である、そして各方面からこの境界を踏み出そうという人々に道しるべをするのである。しかしどこまでも信用の出来る案内者はあり得べか
前へ 次へ
全11ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング