がらも自分で何かしら仕事をして、そうして学界にいくぶんの貢献をする。しかしもういっそう頭がよくて、自分の仕事のあらも見えるという人がある。そういう人になると、どこまで研究しても結末がつかない。それで結局研究の結果をまとめないで終わる。すなわち何もしなかったのと、実証的な見地からは同等になる。そういう人はなんでもわかっているが、ただ「人間は過誤の動物である」という事実だけを忘却しているのである。一方ではまた、大小方円の見さかいもつかないほどに頭が悪いおかげで大胆な実験をし大胆な理論を公にしその結果として百の間違いの内に一つ二つの真を見つけ出して学界に何がしかの貢献をしまた誤って大家の名を博する事さえある。しかし科学の世界ではすべての間違いは泡沫《ほうまつ》のように消えて真なもののみが生き残る。それで何もしない人よりは何かした人のほうが科学に貢献するわけである。
頭のいい学者はまた、何か思いついた仕事があった場合にでも、その仕事が結果の価値という点から見るとせっかく骨を折っても結局たいした重要なものになりそうもないという見込みをつけて着手しないで終わる場合が多い。しかし頭の悪い学者はそん
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