る。平凡な結論ではあるが、学生のときには講義も演習もやはり一生懸命勉強するに限るのであろう。
 しかし、米の飯だけでは生きては行かれぬように、学校の正課を正直に勉強するだけで十分であったとは思われない。やはり色々の御馳走も食う必要があったと思われる。自分の学生時代にどんな御馳走があったか。思い出すままに順序もなくその二、三を書いてみる。
 先生方や諸先輩の研究に対する熱心な態度を日常|眼《ま》のあたりに見ることによって知らず識らずに受けた実例の教訓が何といっても最大な影響をわれわれ学生に与えた。暑いも寒いも、夜の更《ふ》けるのも腹の減るのも一切感じないかと思われるような三昧《さんまい》の境地に入り切っている人達を見て、それでちっとも感激し興奮しないほどにわれわれの若い頭はまだ固まっていなかったのである。
 大学へはいったらぜひとも輪講会《コロキウム》に出席するようにと、高等学校時代に田丸先生友田先生からいい聞かされていたから、一年生の頃からその会の傍聴に出席して、片隅で小さくなって聞いていた。話は六かしくて大抵は分からなかったが、ほんのわずかばかり分かることが無限の興味と刺戟を与え、そ
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