・ヴェルヌの海底旅行のようなものもある。また近代のではウェルズの「時の器械」とか「世界間の戦争」のようなものもある。いずれも科学的未来記のようなものとして、通俗的の興味は多分にあるであろうが、ほんとうの科学的精神といったようなものは実は存外はなはだ希薄なものであるように見える。それらの多くは科学の世界の表層に浮かぶ美しいシャボン玉を連ねた美しい詩であり、素人《しろうと》の好奇心を刺激するような文明の利器を陳列したおもしろい見世物ではあるが、科学の本質に対する世人の理解を深め、科学と人生との交渉の真に新しい可能性を暗示するようなものは存外にはなはだまれである。そうして、小説的戯曲的構成という形式的要求から、いろいろの無理な不自然な仕組みを使う必要が生じるので、結局はつじつまを合わせようとするために、かえってつじつまの合わぬ大きなうそをこしらえ上げることになりやすい。それで、こういう種類のいわゆる科学小説は、たいていは科学者にはばからしく、素人には科学に対する重大な誤解の誘因ともなりうるのである。
 これに反して科学者が科学者に固有な目で物象を見、そうして科学者に固有な考え方で物を考えたそ
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