ない小説家と、それを読み深く味わったことのある小説家とではその作品になんらかのちがった面目が現われないわけにはゆかないであろう。熱力学の方則を理解した作者としない作者とでは、同じ事件の取り扱い方におのずからちがった展開を見せないとは言われないであろう。
顕微鏡で花の構造を子細に点検すれば、花の美しさが消滅するという考えは途方もない偏見である。花の美しさはかえってそのために深められるばかりである。花の植物生理的機能を学んで後に始めて充分に咲く花の喜びと散る花の哀れを感ずることもできるであろう。
人間の文化が進むにつれて、文学も進化しなければならないはずである。すべての世間の科学的常識が進んで行く世の中に文学だけが過去の無知を保守しなければならないという理由はどうにも考えられない。人間の文学が人間の進歩に取り残されてはいたし方がないであろう。むしろ文学者は科学者以上にさらにより多く科学者でなければならないはずだと思われるのである。
一方科学者のほうではまた、その研究の結果によって得られた科学的の知識からなんらかの人間的な声を聞くことを故意に忌避することがあたかも科学者の純潔と尊厳を維
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