ほどに必然的な実証の連鎖を示しているかというと、そうではなくて、たいていの場合には、巧みにそうらしく見せているだけで、実は大きな穴だらけのものがはなはだ多い。換言すれば、実験は実験でも、ごまかしの実験である場合がはなはだ多い。これは無理に変わった趣向を求める結果、自然にそういう無理を生ずる可能性が多くなるものと思われる。しかし読者が容易にその穴に気がつかなければ、少なくも一時は目的が達しられる。つまり読者の錯覚、認識不足を利用して読者を魅了すればよいので、この点奇術や魔術と同様である。そういうものになると探偵小説はほんとうの「実験文学」とは違った一つの別派を形成するとも言われるであろう。そういうこしらえ物でなくて、実際にあった事件を忠実に記録した探偵実話などには、かえって筆者や話者の無意識の中に真におそるべき人間性の秘密の暴露されているものもある。そういうものを、やはり一つの立派な実験文学と名づけることも、少なくも現在の立場からはできるわけである。同じようなわけで、裁判所におけるいろいろな刑事裁判の忠実な筆記が時として、下手《へた》な小説よりもはるかに強く人性の真をうがって読む人の心を
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