さん》することもできるのと同様である。これと反対にまた世俗に有名ないわゆる大家がたまたま気まぐれに書き散らした途方もない寝言のようなものが、存外有名になって、新聞記者はもちろん、相当な学者までもそれがあたかも大傑作であり世界的大論文であるかのごとく信ずるような場合もあるのである。これとても同じようなことは文学の世界にもしばしば起こるのであるが、ただ文学の場合には、あとからその「間違い」を証明することが困難であるのに、科学の場合には、それがはっきりと指摘できるから、この点は明らかにちがうのである。
言葉としての科学が文学とちがう一つの重要な差別は、普通日常の国語とはちがった、精密科学の国に特有の国語を使うことである。その国語はすなわち「数学」の言葉である。
数学の世界のいろいろな「概念」はすべて一種の言葉である。ただ日常の言葉と違って一粒えりに選まれた、そうしてきわめて明確に定義された内容を持っている言葉である。そうしてまたそれらの言葉の「文法」もきわめて明確に限定されていて少しの曖昧《あいまい》をも許さない。それで、一つの命題を与えさえすれば、その次に来るべき「文章」はおのずからき
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