よみはるつげどり》」という危険な書物の一部を、禁断の木の実のごとく人知れず味わったこともあった。一方ではゲーテの「ライネケ・フックス」や、それから、そのころようやく紹介されはじめたグリムやアンデルセンのおとぎ話や、「アラビアン・ナイト」や「ロビンソン・クルーソー」などの物語を、あるいは当時の少年雑誌「少国民」や「日本の少年」の翻訳で読み、あるいは英語の教科書中に採録された原文で読んだりした。一方ではまた「経国美談」「佳人之奇遇《かじんのきぐう》」のごとき、当時では最も西洋臭くて清新と考えられたものを愛読し暗唱した。それ以前から先輩の読み物であった坪内《つぼうち》氏の「当世書生気質《とうせいしょせいかたぎ》」なども当時の田舎《いなか》の中学生にはやはり一つの新しい夢を吹き込むものであった。宮崎湖処子《みやざきこしょし》の「帰省」という本が出て、また別な文学の世界の存在を当時の青年に啓示した。一方では民友社《みんゆうしゃ》で出していた「クロムウェル」「ジョン・ブライト」「リチャード・コブデン」といったような堅い伝記物も中学生の机上に見いだされるものであった。同時にまた「国民小説」「新小説」
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