には国民性もあるかもしれないが、また一つには幼い頃からの家庭の教育に最も多く影響されるであろうと思われる。これについては特に母となる人達の理化学的知識に対する理解と興味の水準をもう少し引上げることが肝要であろうと思われる。科学に対する興味を養成するには、六《むつ》かしくて嘘だらけの通俗科学書や浅薄《せんぱく》で中味のないいわゆる科学雑誌などを読んでもたいして効能はない。むしろ日常身辺の自分に最も親しい物質の世界の事柄を深く注目し静かに観察してその事柄の真相をつき止めようという人間本然の傾向を助長し発育させるのが第一の近道であろう。それの手始めには、例えば風呂場に一本の寒暖計を備えるのも一策である。そうしていろいろやってみて、考えてみてどうしても分らない疑問が起ったときに行きあたって、そこで適当な書物を読めば、その時に初めて書物の知識が本当の活きた知識になるのである。それまでは何度読んでも結局はただの活字の行列を見物しているのもたいしたちがいはなさそうである。[#地から1字上げ](昭和六年六月『家庭』)
こわいものの征服
ある年取った科学者が私にこんな話をして聞かせた。
前へ
次へ
全10ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング