爵が恋敵《こいがたき》のモーリスの化けの皮を引きはぐつもりで鹿狩りを割愛し、半日がかりで貴族系譜の数十巻をしらみつぶしに調べ上げ、やっと目的を達したと思うと、ド・ヴァレーズのでたらめを鵜《う》のみにする公爵のあほうのために苦心が水の泡《あわ》になり、そのいまいましさを片手の鵞《が》ペンといっしょに前方に突き出す瞬間の皮肉な心理描写であろう。
 三人の伯母《おば》たちが何かというとぎょうぎょうしく階段や廊下を駆け回る。その時のおおぎょうな甲高い叫び声が狩り場の群犬のほえ声にそっくりであるのは故意の寓意《ぐうい》か暗合かよくわからない。この三人が、姫君のためにはハッピーエンド、彼らの目には悲劇であるかもしれない全編の終局の後に、短いエピローグとして現われ、この劇の当初からかかっていた刺繍《ししゅう》のおとぎ話の騎士の絵のできあがったのを広げてそうして魔女のような老嬢の笑いを笑う。運命の魔女が織り成す夢幻劇の最後の幕の閉じる幔幕《まんまく》としてこの刺繍の壁掛けを垂下したつもりであるかもしれない。
 このようにいろいろな味のちがったものを多数に全編の中に取り入れて、趣味のちがった多数の観客の
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