言うのだが、私にはいっこうなんの変わりもないように思われた。すると彼はそことはだいぶ離れた後方の火口壁のところどころに立ち上る蒸気をさして「あのとおりだ」という。しかし松明を振る前にはそれが出ていなかったのか、またどれくらい出ていたのか、まるで私は知らなかったのだから、結局この松明《たいまつ》の実験《エキスペリメント》は全然無意味なものに終わってしまった。しかしそういう飛びはなれた非科学的の「実験」がおそらく毎日ここで行なわれてそして見物人の幾割かはそれで納得するものだとすると、そういう事自身がかなり興味のある事だと思われた。
 知識の案内者と呼ばれ、権威《オーソリティ》と呼ばれる人にはさすがにこんな人は無いはずである。それでは被案内者が承知しない。しかし名を科学に借りて専門知識のない一般公衆の目をくらますような非科学的実験を行なった者が西洋には昔からずいぶんあった。そのような場合には、ほとんどきまって、平生科学に対して反感のようなものをもっている一群の公衆、ことに新聞などによって既成科学の権威が疑われ、そのような「発見」に冷淡な学者が攻撃される。しかし科学者としては事がらの可能不可能
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