業科学者の弱点をきわどく射通される思いがする事はないでもない。
 案内者になる人はよほど気をつけねばならないと思う。

 ナポリを見物に行ったついでに、ほど遠からぬポツオリの旧火口とその中にある噴気口を見に行った。電車をおりてベデカをたよりに尋ねて行こうとすると、すぐに一人の案内者が追いすがって来てしきりにすすめる。まだ三十にならないかと思われるあまり人相のよくない男である。てんで相手にしないつもりでいたがどこまでも根気よくついて来て、そして息を切らせながらしつこく[#「しつこく」に傍点]同じ事を繰り返している。それをしかりつけるだけの勇気のない私は、結局そのうるささを免れる唯一の方法として彼の意に従うほかはなかった。その結果は予想のとおりはなはだ悪かった。始め定めた案内料のほかに、いろいろの口実で少しずつ金を取り上げられて、そして案内者を雇っただけの効能はほとんどなかった。ただ一つのおもしろかったのは、麻糸か何かの束を黄蝋《きろう》で固めた松明《たいまつ》を買わされて持って行ったが、噴気口のそばへ来ると、案内者はそれに点火して穴の上で振り回した。そして「蒸気の噴出が増したから見ろ」と
前へ 次へ
全20ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング