りやすい「洞窟《どうくつ》」がある。
ニュールンベルグの古城で、そこに収集された昔の物すごい刑具の類を見物した事がある。名高い「|鉄の処女《アイゼルネユングフラウ》」の前で説明をしていた案内者はまだうら若い女であった。いったいに病身らしくて顔色も悪く、なんとなく陰気な容貌《ようぼう》をしていた。見物人中の学生ふうの男が「失礼ですが、貴嬢は毎日なんべんとなく、そんな恐ろしい事がらを口にしている、それで神経をいためるような事はありませんか」と聞くと、なんとも返事しないでただ音を立てて息を吸い込んで、暗い顔をして目を伏せた。私はずいぶん残酷な質問をするものだと思ってあまりいい気持ちはしなかった。おそらくこの女も毎日自分の繰り返している言葉の内容にはとうに無感覚になっていたのだろう。それがこの無遠慮な男の質問で始めて忘れていた内容の恐ろしさと、それを繰り返す自分の職業の不快さを思い出させられたのではあるまいか。
これと場合はちがうが、われわれは子供などに科学上の知識を教えている時にしばしば自分がなんの気もつかずに言っている常套《じょうとう》の事がらの奥の深みに隠れたあるものを指摘されて、職
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