た。黒板へ書いている数式が間違ったりすると学生が靴底でしゃりしゃりと床をこするので教場内に不思議な雑音が湧き上がる。すると先生は「ア、違いましたか」と云って少しまごつく。学生の一人が何か云う。「御免なさい」と云ってそれを修正する。その先生の態度がいかにも無邪気で、ちっとも威張らず気取らないのが実に愉快で胸がすくようであった。
 プランクの明るい感じと反対にアドルフ・シュミット教授は何となく憂鬱な感じのする人であった。いつも背広の片腕に黒い喪章を巻いていたような気がする。しかし実に頭のいい先生だと思って敬服していた。言葉は自分には少し分りにくいドイツ語であったがその講義は簡潔でしかも要を得た得難い良い講義だと思われた。大事なしかもかなり六かしい事柄の核心を平明にはっきり呑込ませる術を心得ているようであった。結局先生自身がその学問の奥底まではっきり突きとめて自分のものにしてしまっているせいだろうと思われた。日本の大学でもこうした講義がいちばん必要であろうと思われたが少なくも自分等の学生時代には高等学校と大学のコースの中間にこういうコースが抜けていたような気がする。それはとにかくシュミット教
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