つもわざとらしからぬ敬意を表しているように見受けられた。
 物理の輪講会にはやはりまた特別の雰囲気があるのを面白いと思った。自分の出席した四つのコロキウムのそれぞれの雰囲気は学科の性質から来る特徴もあるにはあるであろうが結局はその集会を統率する中心人物の人柄そのものによって濃厚に色づけられているのであった。
 次の冬学期には上記の先生方の外に、ヘルメルトの「地球の形」やオイゲン・マイヤーの「航空に関する応用力学」などを聴いた。ヘルメルトは赭《あか》ら顔で眼をしょぼしょぼさせた何となく田舎爺のような感じのする、しかしどこかなかなか喰えないような気のする先生であったが、しかしやはり一とかどのえらい学者のように思われた。マイヤーの講義はザクセン訛《なま》りがひどく「小さい」をグライン「戦争」をグリークという調子で、どうも分りにくくて困った。
 ネルンストの「物理化学」もひやかしに一、二度聴いたことがあったが、西洋人にしては脊の低いずんぐりした体格で、それが高い聴講席をふり仰ぎながら活溌に手を振り身体を動かし頸を曲げてゼスチュアの賑やかな講義をして見せた。ポアンカレのいわゆるゲオメーター型の学
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