ジェクトして一種の満足を享楽する。少し苦労性な素質の人だと自分の中の悪い方のをより強く共鳴させて痛みを感ずる。それが少しペルヴェースな性質の人になると、わざわざその痛みを増大させる事に愉快を感ずる。もしわれわれが自分の中のすべての「人形」すべての「共鳴器」をありのままに認識する事が出来れば幸福だろうと思うが、それは出来ない相談でもあり、それではあまりに世の中が淋しくなるのかもしれない。
二
新しい学説が学界から喜んで迎えられるならば、それはその説がその当代の学界の痛切な要求にうまく適合するからであることは明らかである。もう十年も前から世界中の学者が口をもぐもぐさせて云おうとしていたが、適当な言葉が出て来ないので困っていたところへ、誰かが出て来て、はっきりした言葉でそれをすぱりと云って退《の》ければ、世界中の学者は一度に溜飲《りゅういん》が下がったような気がするであろう。
三
運慶《うんけい》が木材の中にある仁王《におう》を掘り出したと云われるならば、ブローリーやシュレディンガーは世界中の物理学者の頭の中から波動力学を掘り出したということも
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