カメラをさげて
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)些末《さまつ》な例をあげると

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)全|武蔵野《むさしの》の秋

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から3字上げ](昭和六年十一月、大阪朝日新聞)
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 このごろ時々写真機をさげて新東京風景断片の採集に出かける。技術の未熟なために失敗ばかり多くて獲物ははなはだ少ない。しかし写真をとろうという気で町を歩いていると、今までは少しも気のつかずにいたいろいろの現象や事実が急に目に立って見えて来る。つまり写真機を持って歩くのは、生来持ち合わせている二つの目のほかに、もう一つ別な新しい目を持って歩くということになるのである。
 顕微鏡も、やはりわれわれの目のほかのもう一つの目である。この目で手近な平凡なものをのぞいて見ると自分のいる周囲の世界が急に全然別物のように見えて来る。これは物の尺度の相違から来る観照の相違である。写真機の目の特異性はこれとはまただいぶちがった方面にある。この目はまず極端な色盲であって現実の世界からあらゆる
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