リムの下流は約千五百年の週期で振り子のように南北に振動し変位し従って振り子の球に当たるロプ・ノールも南北に転位するであろうと想像した。ところが、一九二七年にもう一度ヘディンが見に行ったときはもうタリム川は南流をやめて昔の干上《ひあ》がった河床の上を東流し始めていた。その結果として何年かの後には昔のロプ・ノールが復活し、従って廃都ローランの地には再び生命の脈搏《みゃくはく》がよみがえって来るであろうし、昔ローマの貴族のために絹布を運んだ隊商の通った道路が再び開かれるであろうと想像さるるに至った。
以上は近着の Geographical Review. Oct., 1932. 所載の記事から抄録したものである。
中央アジアではまだ自然が人間などの存在を無視して勝手放題にあばれ回っている。そのために気候風土が変転して都市が砂漠になったり、砂漠が楽園に変わったりする。地震なども、いわゆる地震国日本の地震などとは比較にならないような大仕掛けのが時々あって、途方もない大断層などもできるらしい。ロプ・ノールの転位でも事によると地殻《ちかく》傾動が原因の一部となっているかもしれないと思われる。
同じ雑誌にエリク・ノーリンがタリム盆地の第四紀における気候変化を調べた論文がある。これによると、最後の氷河期の氷河が崑崙《こんろん》の北麓《ほくろく》に押し出して来て今のコータンの近くに堆石《たいせき》の帯を作っている。この氷河が消失して、従って新疆地方《しんきょうちほう》に灌漑《かんがい》する川々の水量が少なくなり、そのために土壌《どじょう》がかわき上がって今のような不毛の地になったらしい。この地方には高さ五百メートルほどのなまなましい断層の痕《あと》もあるそうである。こんな地変のために地盤が傾動すれば河流の転位なども当然起こりうるであろう。
もう一度このへんの雪線が少しばかり低下して崑崙《こんろん》の氷河が発達すると、このへんの砂漠《さばく》がいつか肥沃《ひよく》の地に変わってやがて世界文化の集合地になるかもしれない。
その時に日本はどうなるか。欧米はどうなるか。これはむつかしい問題である。しかしとにかく現在の人間は、世界の気候風土が現在のままで千年でも万年でもいつまでも持続するように思っている。そうして実にわずかばかりの科学の知識をたのんで、もうすっかり大自然を征服したつもり
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