フ読者の倦怠《けんたい》を招いたであろうと思う。しかし多数の読者を導いてこのルクレチウスの花園に入るべき小径の荊棘《けいきょく》を開くにはぜひともこれだけの露払いの労力が必要であると思った。それほどに現代科学のバベルの塔の頂上に住むわれわれは、その脚下にはるかな地上の事を忘れていると思ったからであった。
 これから私はルクレチウスの内容についてきわめて概略ながら紹介を試みようと思う。
 もちろん私は哲学史については何も知らないものであるからこの書の所説の哲学史的の意義などはよくわからない。またどこまでがデモクリトス、エピクロスの説で、どこからがルクレチウスの独創によるか、そういう考証も私の柄《がら》ではない。私はただ現代に生まれた一人の科学の修業者として偶然ルクレチウスを読んだ、その読後の素朴《そぼく》な感想を幼稚な言葉で述べるに過ぎない。この厚顔の所行をあえてするについての唯一の申し訳は、ただルクレチウスがまだおそらく一度も日本の科学者の間にこの程度にすら紹介されなかったという事である。
 ルクレチウスに関するあらゆる文献、内容に関する詳細の考証、注釈はマンローに譲りたい。
 以下ル
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