ニうと思わない。女学校上がりの若い細君が料理法の書物を読むような気でこの詩編のすみずみまで捜したところで、すぐ昼食の間に合いそうな材料は到底見つからない。そういう目的ならば、ざらにある安い職業的料理書を見て、完全なる総菜料理を捜したほうがいいのである。
しかし多くの科学の探究者はそれでは飽き足らないであろう。その当代のその科学の前線まで進んで来て、そこでなんらかの自分の仕事をしようとしている人たちは、眼前の闇黒《あんこく》な霧の中にある何物かの影を認めようとあせっているのである。そうしてその闇《やみ》の底に何かしら名状のできない動くものの影か幻のようなものを認めるように思う。しかしそれが何であるかははっきりわからない。そういう状態が続いているうちに突然天の一方から稲妻のような光がひらめいて瞬間に眼前のものの正体が見える。それからいよいよその目的物を確実につかむまでにはもちろん石橋をたたいてそこまで歩いて行かなければならない。行ってみると、それは実体のない幻影であって失望する事ももちろん往々ある。しかしこの天来の閃光《せんこう》なしには彼らは一歩も踏み出す事はできない。
今もしルクレ
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