ge the nature of〕
The whole wide world, and all things needs must take
One status after other, nor aught persists[#「One status after other」の部分はイタリック体]
For ever like itself. ………………………
[#ここで字下げ終わり]
と歌っている。これは、ある意味から、自然方則の変遷を考えているものとも見られる。科学の方則ははたして永劫《えいごう》不変のものであるか。これはきわめてまれにしか持ち出されなかった問題である。私の知る限りではただアンリー・ポアンカレーがその晩年のエッセー(7)[#「(7)」は注釈番号]において論じたものである。これはもちろんわれわれの科学だけからは決定し難いものであるが、しかしまた科学者の全然忘却してはならない問題であろう。
 最初のうちはいろいろの片輪者や化け物が生まれた。しかしそれらは栄養生殖に不適当であるためにまもなく絶滅したと言って、ここに明らかに「適者生存の理」を述べている。残存し繁栄した種族は自衛の能力あるものか、しからざれば人間の保護によるものであると付け加えている。そして半人半獣の怪物が現存し得ざるゆえんを説いているのである。
 次には原始人類の生活状態から人文の発達の歴史をかなり詳しく論じている。これらの所説を現在学者の所説と比較してみてもおそらく根本的にはいくらも違わないのではないかと思われる。たとえば火の発明の記事は現に私の机上にある科学者の火に関する著書の内容そのままであり、言語の起源に関する考えは、近代言語学者中の最も非常識なる説よりも、もう少し要を得ている。
 冶金《やきん》、紡織、園芸の起源や、音楽、舞踊の濫觴《らんしょう》までもおもしろく述べてある。神の観念が夢から示唆され、それが不可解不可能なるすべての事情の持ち込み所に進化するという考えももらされている。そして結局宗教の否定が繰り返さるるのである。

       六

 第六巻では主として地球物理学的の現象が取り扱われている。これは現在の気象学者や地震学者、地質学者にとってかなりに興味あるものを多分に包有し提供している。しかしここでこれらの詳細にわたって紹介し評注を加えることはできない。私はもし機会があったら、他日特に「ルクレチウスの地球物理学的所説」だけを取り出してどこかで紹介したいという希望をもっているだけである。
 彼が雷電や地震噴火を詳説した目的は、畢竟《ひっきょう》これら現象の物質的解説によって、これらが神の所業でない事を明らかにし、同時にこれらに対する恐怖を除去するにあるらしい。これはまたそのままに現代の科学教育なるものの一つの目的であろう。しかし不幸にして二十世紀の民衆の大多数は紀元前一世紀の大多数と比較してこの点いくらも進歩していない。たとえば今のわが国の地震学者が口を酸《す》くして説くことに人は耳をかそうとしない。そうして大正十二年の関東地震はあれだけの災害を及ぼすに至った。あの地震は実はたいした災害を生ずべきはずのものではなかった。災害の生じたおもなる原因は、東京市民の地震に対する非科学的恐怖であったのである。科学は進歩するが人間は昔も今も同じであるという事を痛切に感じないではいられない。同時に今の科学者がルクレチウスから科学そのものは教わらなくても、科学者というものの「人」について多くを教わりうるゆえんをここにも明らかに認めうると考えるのである。
 雷電の現象についてもやはり種々の可能な原因を列挙している。その中に雷雨の生因と、雲および風の渦動《かどう》との関係が予想されているのがおもしろい。また雷鳴の音響の生因について種々の考えがあげてあるが、この問題については現在でもまだ種々の異説があるくらいである。この方面の研究に没頭せる気象学者にとっては、この一節は尽きざる示唆の泉を与えるであろう。
 また風が速度のために熱するということも考えられている。圧縮によって熱の種子が絞り出されるという言葉もおもしろい。これらはガス体の熱力学の一部の予言とも見られる。
 雷電の熱効果、器械的効果を述べる中に、酒壺《さかつぼ》に落雷すると酒は蒸発してしまって壺は無事だというような例があげてある。これなどは普通の気象学書には見えないことであるが、事実はどうだか私にはわからない。
 雷電の火の種子が一部は太陽から借りられたものであるとの考えも正鵠《せいこく》を得ていると言われうる。
 電火の驚くべき器械的効果は、きわめて微細なる粒子が物質間の空隙《くうげき》を大なる速度で突進するによるとの考えは、近年のドルセーの電撃の仮説に似ている。またここのルクレチウスの
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