w者の数は、おそらく少なくはなかったであろう。アンドラデによると、ニウトンの原子に関する説明(2)[#「(2)」は注釈番号]を読めば、彼がルクレチウスを知らなかったと想像する事はできないということである。ロバート・ボイルも直接に、またガッセンディを通じて間接にルクレチウスに親しんだ事が明らかである。また微粒子の雨によって重力を説明せんとしたル・サージュはその論文に 〔Lucre`ce newtonien〕 という表題をつけたくらいである。この説が後にケルヴィンによってさらに追求された事はよく知られた事である。ケルヴィンのほかにクラーク・マクスウェルやティンダルのごとき大家もまたルクレチウスに注意を払ったという事実があるそうである。それはとにかく、このような形跡を物理学史上に残さないで、しかも実際ルクレチウスから大きな何物かを感得した物理学者化学者生物学者がどれだけあったかもしれないということは、この一巻を読了したすべての人の所感でなければならない。それだけ多くの未来に対する黙示が含まれているのである。今から百年前にこの書を読んだ人にはおそらく無意味な囈語《たわごと》のように思われたであろうと思うような章句で、五十年前の読者にはやっと始めてその当時の科学的の言葉で翻訳されたであろうと思われるのがある。それどころか十年前の物理学者ならばなんの気なしに読過したであろうと思う一句が、最新学説の光に照らして見ると意外な予言者としてわれわれの目に飛び込んで来るのもあるようである。
私がルクレチウスを紹介した集会の席上で、今どきそういうかび臭いものを読んで、実際に現在の物理学の研究上に何かの具体的の啓示を受けるという事がはたして有りうるであろうかという疑いをもらした人もあった。この疑いはあるいは現代の多くの科学者の疑いを代表するものであるかもしれない。しかし私は確かにそれが可能であると信じる一人である。もちろん科学者の中にはいろいろの種類の性質の人がある。暗示に対する感受性の鋭敏なたちの人と鈍感なたちの人とがある。解析型クラシカル型の人は多く後者に属し、幾何型ロマンチック型の学者は前者に属するのは周知の事実である。暗示に対して耳と目を閉じないタイプの学者ならば、ルクレチウスのこの黙示録から、おそらく数限りない可能性の源泉をくみ取る事ができるであろう。少なくもあるところまで進んで来て行き詰まりになっている考えに新しい光を投げ、新たな衝動を与える何物かを発見する事は決して珍しくはあるまいと思うのである。
要するにルクレチウスは一つの偉大な科学的の黙示録《アポカリプス》である。そのままで現代の意味における科学書ではもちろんありうるはずがない。もしこの書の内容を逐次に点検して、これを現在の知識に照らして科学的批判を試み、いろいろな事実や論理の誤謬《ごびゅう》を指摘して、いい気持ちになろうとすれば、それは赤ん坊の腕をねじ上げるよりも容易であると同時にまたそれ以上におとなげないばかげた事でなければならない。
近着の雑誌リリュストラシオン(3)[#「(3)」は注釈番号]に「黙示録に現われたる飛行機と科学戦」と題する珍奇な絵入りの読み物がある。ヨハネの黙示録の第九章に示された恐ろしい蝗《いなご》の災いを欧州大戦における飛行機にうまく当てはめておもしろく書いてある。これもやはり一種の黙示である。しかしいかほどまでに蝗の記述が戦闘飛行機に当てはまってもそれは決して科学的の予言とは名づけ難いであろう。しからばルクレチウスの黙示もまたこれと同じような意味の黙示に過ぎないであろうかと考えてみると、自分には決してそうは思われないのである。ヨハネは目的の上からすでに全然宗教的の幻想であるのに反して、ルクレチウスのほうは始めから科学的の対象を科学的精神によって取り扱ったものである。彼の描き出した元子の影像がたとえ現在の原子の模型とどれほど違っていようとも、彼の元子の目的とするところはやはり物質の究極組成分としての元子であり、これの結合や運動によって説明せんと試みた諸現象はまさしく現在われわれの原子によって説明しようと試みつつある物理的化学的現象である。
意味のわからない言葉の中からはあらゆる意味が導き出されることは事実である。狡猾《こうかつ》なる似而非《えせ》予言者らは巧みにこの定型を応用する事を知っている。しかしルクレチウスは彼の知れる限りを記述するに当たって、意識的にことさらに言語を晦渋《かいじゅう》にしているものとは思われない。少なくとも訳文を見ただけではそうは思われない。多くの場合にわれわれは彼の言わんと欲するところをかなりの程度まで確かに具体的に捕えうるように思う。こういう点でもルクレチウスの書は決して偶然的予言と混同さるべき性質のものではない。
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