論難として書かれたものであるらしい。そしてそれはまた今の物理の学生たちがあたかもあたりまえの事であるように教わり、またそう思ってかつて一度も疑ってみる事すらしなかった事である。これも皮肉な事である。今の学生の頭が二千年前の詩人よりも劣っているのか、それとも今の教育法が悪いのかそれはわからない。
 ここで注意すべきもう一つの事は、「時間」なるものがやはりそれ自身の存在を否定されて、物性や作用などと同部類のいわゆる偶然的な、非永存的のものと見なされている事である。これも一つのおもしろい考え方である。十九世紀物理学の力学的自然観は、すべての現象を空間における質点の運動によって記載しようとした。そのために空間座標三つと時間座標一つと、この四つの変数を含む方程式をもってあらゆる自然現象の表現とした。後に相対性理論が成立してからは、時もまた空間座標と同様に見なされ取り扱われるようになったが、時というものの根本的な位地を全然奪おうとした物理学者はなかった。しかしもともと相対性理論の存在を必要とするに至った根原は、畢竟《ひっきょう》時に関する従来の考えの曖昧《あいまい》さに胚胎《はいたい》しているのではないかと考えられる。時間もそれ自身の存在を持たないと言ったルクレチウスの言葉がそこになんらかの関係をもつように思われる。「物の運動と静止を離れて時間を感ずる事はできない」という言葉も、深く深く考えてみる価値のある一つの啓示である。彼は「運動」あるいは速度加速度にともかくも確実なる物理的現象、可測的現象としての存在を許容して、時間のほうをむしろ従属的のものと考えているかのように見える。この考えははたしてそれほど価値のないものであろうか。
 普通力学の問題において、運動方程式が完全に解かれた場合には、すべての質点の各位置における速度、加速度、運動量、あるいはエネルギーのごときものが、それぞれ時の函数《かんすう》として与えられる。逆に、たとえ常に単義的ではないまでも、この後者の数値が与えられれば、それから時間がこれらの函数として与えられうるのである。またおもしろい事には可逆的週期運動の場合にはかくして得られる「時」は単義的に決定されない。しかして実際そういう運動のみの世界には物理学的に非可逆の時は存在しないのである。そこで私は一つの夢のようなものを考えさせられる。われわれは時の代わりに或《あ》る何かのエネルギーあるいは「作用《ウィルクング》」のごとき量を基本的のものとしてこれを空間と対立させる事によって、新しき力学的系統を立て直す事は不可能であろうか。そうする事によっていろいろの現代の物理学当面の困難が解決されうる見込みはないものであろうか。少なくもルクレチウスの言葉はこういう問題を示唆するもののように思われる。
 次に彼は論じて言う。元子からいろいろの硬《かた》さのものが造られるが、元子自身は完全に剛体であると考えなければならない。なんとならば、元子が柔らかいものであれば、これはその中に空虚を含んでいる。しかるに空虚と元子と対立すべきその元子の中に空虚が含まれているわけには行かない。where'er be empty space, there body's not; and so where body bides, there not at all exists the void inane. である。ここで私は思い出す。かつて分子や原子の「弾性」という事が問題になった事がある。可触的物体の「弾性」を説明するために持ち出された分子や原子に、可触的物体と同じような「弾性」を考えようとすることの方法論的の錯誤あるいは拙劣さが、今このルクレチウスの言葉によって辛辣《しんらつ》に諷《ふう》せられているとも見られない事はない。
 ともかくも物質元子に、物体と同様な第二次的属性を与える事を拒み、ただその幾何学的性質すなわちその形状と空間的排列とその運動とのみによって偶然的なる「無常」の現象を説明しようとしたのが、驚くべく近代的である。そしてまさにこの点で彼が、彼の駁撃《ばくげき》を加えているヘラクリトス、エンペドクレース、アナクサゴラスの輩《やから》をいかにはるかに凌駕《りょうが》しているかを見る事ができよう。そして現在においても科学者と称するものの中に、この三者の後裔《こうえい》が、なおまれには存在している事を彼によって教えられるのである。
 元子は恒久的な剛単体 solid singleness でなければならない。そして微小ではあるが有限の大きさをもたなければならないという事を証明しようと試みている。剛体でなければ、それから剛体が作り得られないであろう。恒久なものでなければ、恒久に無常なこの世界を補充 replenish する事ができないであろう。またもし
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