フ迷信である。いかに良い器械でも下手《へた》に使えば、悪い器械を上手《じょうず》に使うよりも悪い結果を得る例も少なくない。もっとも有りきたりの陳腐な方法を追求する場合には、器械の良いほど良い結果を得られるのは普通である。しかしほんとうな意味での新しい独創的の研究をするのに市場に売り古されて保証の付いているほど陳腐な器械ばかり寄せ集めてできたためしはおそらくないであろう。
もっともこう言ったからとて私は、定石的数学応用の理論や既成的の方法器械によるルーティン的の実験測定の仕事の価値を少しでもけなそうとするものではない。そういうのが無数に寄り集まってこそ、初めて現在のごとき科学の壮麗な殿堂が築き上げられたということは毫《ごう》も疑う余地のないことである。
しかしいかに建築材料だけが立派に堆積《たいせき》されてあってもそれだけでは殿堂はできない。殿堂の建設には設計者のファンタジーが必要である。
科学の殿堂と言っても、その建設はもちろん家屋の建築とはわけがちがう。家屋の建築は設計者の気随になる。必要な建築学上の規則に牴触《ていしょく》しない限りはあらゆる好きな格好のものを設計してもよいはずである。しかるに科学のシステムの設計はそう勝手にできるものではない。相手がすでに与えられた自然界である。たとえば空中を落下する石塊をわれらの意志の力で止めるわけには行かない。それで、しいて科学の系統の建設を建築にたとえようとすれば、それは数限りもない種々な所定条件のどれにもうまく適合するような家を造り上げるという事である。そういう建築、そういう系統が究極的にはたしてできうるかどうか。それはルクレチウスの時代にもよくわからなかったと同様に現在においてもわからないことである。しかしそれができるという信念のもとに努力して来た代々の学者の莫大《ばくだい》な努力の結果がすなわち現在の科学の塔である。
科学の高塔はいまだかつて完成した事がないバベルの塔である。これでもうだいたいできあがったと思うと、実はできあがっていないという証拠が足元から発見される。職工たちの言葉が混乱してわからなくなる。しかし、すべての時代の学者はその完成を近き将来に夢みて来た。現在がそうであり、未来もおそらくそうであろう。
このおそらく永遠に未完成であるべき物理的科学の殿堂の基礎はだれが置いたか。これはもちろん一人や二人の業績ではない。しかしその最初のプランを置き最初の大黒柱を立てたものは、おそらくルクレチウスの書物の内容を寄与したエピキュリアンの哲学者でなければならない。人はアリストテレスやピタゴラスをあげるかもしれない。前者は多くの科学的素材と問題を供し後者は自然の研究に数の観念を導入したというような点で彼らもまた科学者の祖先でないとは言われない。しかし彼らの立っていた地盤は今の自然科学のそれとはむしろ対蹠的《たいせきてき》に反対なものであったように見える。形而上学的《けいじじょうがくてき》の骨格に自然科学の肉を着けたものという批評を免れることはむつかしい。しかしそういう目的論的形而上学的のにおいをきれいに脱却して、ほとんど現在の意味における物理的科学の根本方針を定めたものはおそらくエピクロス派の人々でなければならない。彼らは少なくも現在の科学の筋道あるいは骨格をほとんど決定的に定めてしまったとも言われる。後代の学者はこれに肉を着け皮を着せる事に努力して来たようにも見られる。
この大設計は決して数学や器械の力でできるものではなくて、ただ哲人の直観の力によってできうるものである。古代の哲学者が元子の考えを導き出したのは畢竟《ひっきょう》ただ元子の存在を「かぎつけた」に過ぎない。そして彼らが目を閉じてかぎつけた事がらがいよいよ説明されるまでには実に二千年の歳月を要したのである。
真理をかぎつける事の天才はファラデーであった。しかし彼の直観の能力に富んでいたという事は少しも彼の科学者としての面目を傷つけるものではなかった。彼がもし真理に対する嗅覚《きゅうかく》を恥としたのであったら、十九世紀の物理学の進歩はたぶん少なからず渋滞をきたしたに相違ない。
ファラデーはしかし彼の直観を周到厳重な実験の吟味にかける事を忘れなかった。この事がなかったら彼はおそらく十九世紀の科学者であり得なかったに相違ない、ところでデモクリトス、エピクロス、ルクレチウスはたしかにファラデーのような実験はしなかった。そういう意味では彼らは明らかに科学者ではあるまい。しかしもし彼らがその驚くべき直観の力を具有してしかしてガリレー以後に生まれ、ファラデーの時代に生まれたと仮定したらどうであろう。
もっともルクレチウスを科学者と名づけるか、名づけないかというような事は実はどうでもよい事で、またどうでも言える事で
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