二四八頁にこんな話がある。
 カラザンという土地には奇妙な風習があった。異郷から来た旅人が宿泊した時に、その人が風采も立派で勇気があって優れた人物だと思うと、夜中に不意を襲って暗殺してしまう。暗殺の目的は金や持物ではなくて、その旅人の有《も》っている技能や智慧や勇気が魂魄《こんぱく》と一緒に永久にその家に止まって、そのおかげでその家が栄えるようにという希望からだという事である。
 これはずいぶん思い切って虫の好過ぎる話である。
 しかしよく考えてみると今の世でも多少これに似た事実がないでもない。例えば有為の青年を金や権勢や義理合やでとって抑えて本人のあまり気のすすまぬ金持の養子にしたり、あるいはあまり適当でない地位に縛り付けたりする事があるとすれば、これはいくらかカラザン人の遣《や》り口《くち》に共通なところがありはしまいか。
 この悪習は忽必烈《クビライ》が厳禁してやっと止《や》まったとある。
 この地方の人は始終毒を携帯して歩いている。もし何か自分の悪事が見付かって罰せられそうになると、大急ぎでその毒を仰いで自決をしようとする。これは存外見上げたものだと思われる。ところが困
前へ 次へ
全7ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング