経験をもたない自分はかなりびっくりした。あとで聞いたら、その独唱者は音楽学校の教師のP夫人で、故人と同じスカンジナビアの人だという縁故から特にこの日の挽歌《ばんか》を歌うために列席したのであったそうである。ただその声があまりに強く鋭く狭い会堂に響き渡って、われわれ日本人の頭にある葬式というものの概念に付随したしめやかな情調とはあまりにかけ離れたもののような気がしたのであった。
遺骸《いがい》は町屋《まちや》の火葬場で火葬に付して、その翌朝T老教授とN教授と自分と三人で納骨に行った。炉から引き出された灰の中からはかない遺骨をてんでに拾いあつめては純白の陶器の壺《つぼ》に移した。並みはずれに大きな頭蓋骨《ずがいこつ》の中にはまだ燃え切らない脳髄が漆黒なアスファルトのような色をして縮み上がっていた。
N教授は長い竹箸《たけばし》でその一片をつまみ上げ「この中にはずいぶんいろいろなえらいものがはいっていたんだなあ」と言いながら、静かにそれを骨壺《こつつぼ》の中に入れた。そのとき自分の眼前には忽然《こつぜん》として過ぎし日のK大学におけるB教授の実験室が現われるような気がした。
大きな長方
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