形の真空ガラス箱内の一方にB教授が「テレラ」と命名した球形の電磁石がつり下がっており、他の一方には陰極が插入《そうにゅう》されていて、そこから強力な陰極線が発射されると、その一道の電子の流れは球形磁石の磁場のためにその経路を彎曲《わんきょく》され、球の磁極に近い数点に集注してそこに螢光《けいこう》を発する。その実験装置のそばに僧侶《そうりょ》のような黒頭巾《くろずきん》をかぶったB教授が立って説明している。この放電のために特別に設計された高圧直流発電機の低いうなり声が隣室から聞こえて来る。
 そんな幻のような記憶が瞬間に頭をかすめて通ったが、現実のここの場面はスカンジナビアとは地球の反対側に近い日本の東京の郊外であると思うと妙な気がした。
 それからひと月もたって、B教授の形見だと言ってN国領事から自分の所へ送って来たのは大きな鋳銅製の虎《とら》の置き物であった。N教授の所へは同じ鋳物の象が来たそうである。たぶんみやげにでもするつもりでB教授が箱根《はこね》あたりの売店で買い込んであったものかと思われた。せっかくの形見ではあるがどうも自分の趣味に合わないので、押し入れの中にしまい込んだ
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