。胸には浮かんでいるが、ちょっとまとまって口にはいり[#「り」にママの注記]かねることがある。これはその主要の点を正しく記憶しておらぬ証拠で、かかる弊を防ぐようにするには、抜き書きをして、その要用の点だけを充分記憶しておくようにするのが肝心である。結局、根本の事項さえよくのみ込んでいればそれに連れた枝葉の点などはさほど労せずとも、自然にあらわれて来るものである。こうして根本の略筋《あらすじ》さえ明瞭に記憶していれば、思想は一貫して、比較的正確の答案が作れることになる。
 ひとりこの抜き書きのみにとどまらず、自分は教師がよく黒板《ボールド》へ図解して示す絵図なども、そのまま直接教科書に書き入れておいた。これは記憶する上に便なるばかりでなく、事がらは忘れていても、その絵を思い出すと、容易に記憶を呼び起こすことができ、また試験が済んだよほど後になっても、この絵さえ見ると、たやすく教科書中の事項を理解しうる利益がある。従って自分の用いた教科書は誠にきたない、鉛筆の抜き書き、図解の絵などでいっぱいによごれている。
 同じこうするなら、ノートへ写し取ったほうがよいかもしれぬが、自分は中学時代にあま
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