はやはり猫らしく咽《のど》を鳴らすのである。土の香をかがせてやると二度に一度は用を便じた。浴室の戸を締め切ってスイッチを切ったあとの闇《やみ》の中に夜明けまでの長い時間をどうしているのかわからないが、ガラス窓が白《しら》むころが来ると浴室の戸をバサバサ鳴らし、例の小鳥のような鳴き声を出して早く出してもらいたいと訴えるのが聞こえた。行って出してやると急いで飛び出すかと思うとまたもとの所へ走り込んだり、そうしてちょうど犬の子のするように人の足のまわりをかけめぐるのである。十日余りもこのような事を繰り返した後に、試みに例の寝床のボール箱と便器とを持ち出して三毛の出入りする切り穴のそばに置いてなんべんとなくそこへ連れて行っては土の香をかがしてやった。翌朝気をつけてみたが蒲団《ふとん》や畳のよごれた所はどこにも見つからなかった。たぶん三毛に導かれて切り穴から出る事を覚えたのであろう。その後は明け方に穴からはい上がるたま[#「たま」に傍点]の姿を見かける事もあった。
 異常に発達したたま[#「たま」に傍点]の食欲はいくぶんか減ってそれほどにがつがつしなくなって来た。気持ちの悪いほどふくれていた腹が
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