高まった。そうでない人でも物を食う時のたま[#「たま」に傍点]の挙動をあさましく不愉快に感じないものはなかった。ことにおとなしい三毛が彼のために食物を奪われたりするのを見ればなおさらであった。
 たま[#「たま」に傍点]を連れて来た牛乳屋の責任問題も起こっていた。たま[#「たま」に傍点]は牛乳屋にかえしてもっといい猫《ねこ》をもらって来ようという事がすべての人の希望であるようであった。のみならずもう候補者まで見つけて来て私に賛同を求めるのであった。
 しかし牛乳屋が正直にもとの家へ返したところで、まただれか新しい飼い主の手に渡るにしても結局はのら猫になるよりほかの運命は考えられないようなこの猫をみすみす出してしまうのもかわいそうであった。下性《げしょう》の悪いのは少し気をつけて習慣をつけてやれば直るだろうと思った。それでまずボール箱に古いネルの切れなどを入れて彼の寝床を作ってやった。それと、土を入れた菓子折りとを並べて浴室の板の間に置いた。私が寝床にはいる前にそこらの蚊帳《かや》のすそなどに寝ているたま[#「たま」に傍点]を捜して捕えて来て浴室のこの寝床に入れてやった。何も知らない子猫
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