た。私自身にもなぜいけないかは説明する事ができないのである。それで後にはわざわざ畳に持ち上がるのは断念して、捕えた現場ですぐに食う事を発明したようである。時々舌なめずりをしながら縁側へ上がって来る猫を見るとなんだか気持ちが悪くなった。われらの食膳《しょくぜん》の一部を食っている、わが家族の一員であるはずのこの猫が、蜥蜴《とかげ》などを食うのは他の家族の食膳全体を冒涜《ぼうとく》するような気がするというのかもしれない。それほどにまでこの四足獣はわれわれの頭の中で人格化しているのだと思われる。
 私は夜ふけてひとり仕事でもやっている時に、長い縁側を歩いて来る軽い足音を聞く。そして椅子《いす》の下へはいって来てそっと私の足をなでたりすると、思わず「どうした」とか「なんだい」とかいう言葉が口から出る。それは決してひとり言ではなくて、立派に私の言う事を理解しうる二人称の相手にそういう心持ちで言うのである。相手はなんとも答えないで抱き上げてやればすぐにあの音を立てはじめるのである。子供のないさびしい人や自分の思うままになる愛撫《あいぶ》の対象を人間界に見失った老人などがひたすらに猫《ねこ》をかわい
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