いるのかわからないのである。音に伴う一種の振動は胸腔《きょうこう》全部に波及している事がさわってみると明らかに感ぜられる。腹腔《ふくこう》のほうではもうずっと弱く消されていた。これは振動が固い肋骨《ろっこつ》に伝わってそれが外側まで感ずるのではないかと思うのである。それにしてもこの音の発するメカニズムや、このような発音の生理的の意義やについて知りたいと思う事がいろいろ考えられる。中学校で動物学を教わったけれども、鳥や虫の声については雑誌や書物で読んだけれども、猫《ねこ》のゴロゴロについてはまだ知る機会がついなかったのである。これは何も現代の教育の欠陥ではなくて自分の非常識によるのであろう。デモクラシーを神経衰弱の薬、レニンを毒薬の名と思っていた小学校の先生があったそうであるが、自分のはそれよりいっそうひどいかもしれない。しかしレニンやデモクラシーや猫のゴロゴロのほんとうにわかっている人も存外に少ないのではあるまいか。ともかくもこのゴロゴロは人間などが食欲の満足に対する予想から発する一種の咽喉《のど》の雑音などとは本質的にも違ったものらしく思われる。
この音は私にいろいろな音を連想させ
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