がまたよほど妙なものであった。額がおでこでいったいに押しひしいだように短い顔であった。そして不相応に大きく突っ立った耳がこの顔にいっそう特異な表情を与えているのであった。どうしたのか無気味に大きくふくれた腹の両側にわれわれの小指ぐらいなあと足がつっかい棒のように突っ張っていた。なんとなしにすすきの穂で造ったみみずくを思い出させるのであった。
三毛は明らかな驚きと疑いと不安をあらわしてこの新参の仲間を凝視していた。ちび[#「ちび」に傍点]猫は三毛を自分の親とでも思いちがえたものか、なつかしそうにちょこちょこ近寄って行って、小さな片方の前足をあげて三毛にさわろうとする。三毛は毒虫にでもさわられたかのように、驚いて尻込《しりご》みする。それを追いすがって行ってはまた片足を上げる。この様子があまりに滑稽《こっけい》なので皆の笑いこけるのにつり込まれて自分も近ごろになく腹の中から笑ってしまった。
すこし慣れて来ると三毛のほうが攻勢をとって襲撃を始めた。いきなり飛びついて首を羽がいじめにして頭でも足でもかみつきあと足で引っかくのである。ほんとうに鷹《たか》と小すずめとのような争いであった。ちび[#「ちび」に傍点]は閉口して逃げ出すかと思うとなかなかそうでなかった。時々小鳥のようなピーピーという泣き声を出しながらも負けずにかみつき引っかくのである。三毛が放すと同時に向き直ってすわったまま短いしっぽの先で空中に∞の字をかきながら三毛のかかって来るのを待ち受けていた。どうかするとちび[#「ちび」に傍点]は箪笥《たんす》と襖《ふすま》の間にはいって行く、三毛は自分ではいれないから気違いのようになって前足をさし込んで騒ぐ。その間に小猫は落ちつき払って向こう側へ出て来る。そうして相変わらず短いしっぽで、無器用なコンダクターのようにいろいろな∞の字を描いていた。
名前はちび[#「ちび」に傍点]にしようという説があったが、そういう家畜の名はあるデリカシーからさけたほうがいいという説があってそれはやめになった。いいかげんにたま[#「たま」に傍点]と呼ぶ事にした。雄猫《おすねこ》にたま[#「たま」に傍点]はおかしいというものもあったが、それじゃ玉吉か玉助にすればいいという事になった。
二つの猫の性情の著しい相違が日のたつに従って明らかになって来た。三毛が食物に対してきわめて寡欲で上品で貴族的であるに対して、たま[#「たま」に傍点]は紛れもないプレビアンでボルシェビキでからだ不相応にはげしい食欲をもっていた。三毛の見向きもしない魚の骨や頭でもふるいつくようにして食った。そしてだれかちょっとさわりでもすると、背中の毛を逆立てて、そうして恐ろしいうなり声を立てた。ウーウーという真に物すごいような、とてもこの小さな子猫の声とは思われないような声を出すのである。そしてそこらじゅうにある食物をできるだけ多く占有するように両の前足の指をできるだけ開いてしっかりおさえつける。この点では彼はキャピタリストである。押しのけられた三毛はあきれたように少し離れてながめていた。鯖《さば》の血合《ちあい》の一切れでもやるとそれをくわえるが早いか、だれもさわりもしないのに例のうなり声を出しながらすぐにそこを逃げ出そうとするのである。どうしてもどろぼう猫の性質としか思われないものをもっているようである。その上にこの猫はいわゆる下性《げしょう》が悪かった。毎夜のように座ぶとんや夜具のすそをよごすのであった。その始末をしなければならない台所の人たちの間にははやくにたま[#「たま」に傍点]に対する排斥の声が高まった。そうでない人でも物を食う時のたま[#「たま」に傍点]の挙動をあさましく不愉快に感じないものはなかった。ことにおとなしい三毛が彼のために食物を奪われたりするのを見ればなおさらであった。
たま[#「たま」に傍点]を連れて来た牛乳屋の責任問題も起こっていた。たま[#「たま」に傍点]は牛乳屋にかえしてもっといい猫《ねこ》をもらって来ようという事がすべての人の希望であるようであった。のみならずもう候補者まで見つけて来て私に賛同を求めるのであった。
しかし牛乳屋が正直にもとの家へ返したところで、まただれか新しい飼い主の手に渡るにしても結局はのら猫になるよりほかの運命は考えられないようなこの猫をみすみす出してしまうのもかわいそうであった。下性《げしょう》の悪いのは少し気をつけて習慣をつけてやれば直るだろうと思った。それでまずボール箱に古いネルの切れなどを入れて彼の寝床を作ってやった。それと、土を入れた菓子折りとを並べて浴室の板の間に置いた。私が寝床にはいる前にそこらの蚊帳《かや》のすそなどに寝ているたま[#「たま」に傍点]を捜して捕えて来て浴室のこの寝床に入れてやった。何も知らない子猫
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