ったなものは食わなかった。牛乳か魚肉、それもいい所だけで堅い頭の骨などは食おうともしなかった。恐ろしいぜいたくな猫だというものもあれば、上品だといってほめるものもあった。膳《ぜん》の上のものをねらうような事も決してしないのである。
子供らの猫《ねこ》に対する愛着は日増しに強くなるようであった。学校から帰って来ると肩からカバンをおろす前に「猫は」「三毛は」と聞くのであった。私はなんとなしにさびしい子供らの生活に一脈の新しい情味が通い始めたように思った。幼い二人の姉妹の間にはしばしば猫《ねこ》の争奪が起こった。「少しわたしに抱かせてもいいじゃないの」とか「ちっともわたしに抱かせないんだもの」とか言い争っているのが時々離れた私の室《へや》まで聞こえて来た。おしまいにはどちらかが泣きだすのである。私は子供らがこのためにあまりに感傷的になるのを恐れないわけには行かなかった。
猫もかわいそうであった。楽寝のできるのは子供らの学校へ行っている間だけである。まもなく休暇になるともう少しの暇もなくなった。大きい子らは小さい子らが三毛をおもちゃにしているのを見ると、かわいそうだから放してやれなどと言っていながら、すぐもう自分でからかっているのである。逃げて縁の下へでも隠れたらいいだろうと思うが、どこまでも従順に、いやいやながら無抵抗に自由にされているのがどうも少し残酷なように思われだした。実際だんだんにやせて来た時とは見違えるように細長くなるようであった。歩くにもなんだかひょろひょろするようだし、すわっている時でもからだがゆらゆらしていた。そして人間がするように居眠りをするのであった。猫が居眠りをするという事実が私には珍しかった。大きな発見でもしたような気がして人に話すと知っている人はみんな笑ったし、たまに知らない人があってもだれもこの事実をおもしろがらないようであった。しかし私は猫のこの挙動に映じた人間の姿態を熟視していると滑稽《こっけい》やら悲哀やらの混合した妙な心持ちになるのである。
このぶんでは今に子猫は死んでしまいそうな気がした。時々食ったものをもどし[#「もどし」に傍点]て敷き物をよごすような事さえあった。夜はもう疲れ切ってたわいもなく深い眠りにおちて、物音に目をさますようには見えなかった。それでも不思議な事にはねずみの跳梁《ちょうりょう》はいつのまにかやんでいた。ま
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