をかける山鳩《やまばと》や樫鳥《かしどり》になってしまうのである。
 こういう飛行機の操縦をするいわゆる鳥人の神経は訓練によって年とともに次第に発達するであろう。世界の人口の三分の一か五分の一かがことごとくこの鳥人になってしまったとしたら、この世界はいったいどうなるであろうか。
 昔の日本人は前後左右に気を配る以外にはわずかにとんびに油揚《あぶらげ》をさらわれない用心だけしていればよかったが、昭和七年の東京市民は米露の爆撃機に襲われたときにいかなる処置をとるべきかを真剣に講究しなければならないことになってしまった。襲撃者はとんび以上であるのに襲撃される市民は芋虫以下に無抵抗である。
 ある軍人の話によると、重爆撃機には一キロのテルミットを千個|搭載《とうさい》しうるそうである。それで、ただ一台だけが防御の網をくぐって市の上空をかけ回ったとする。千個の焼夷弾《しょういだん》の中で路面や広場に落ちたり川に落ちたりして無効になるものがかりに半分だとすると五百か所に火災が起こる。これはもちろん水をかけても消されない火である。そこでもし十台飛んで来れば五千か所の火災が突発するであろう。この火事を
前へ 次へ
全20ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング