指先でほごして開かせようとしても、この白い繊維は縮れ毛のように巻き縮んでいてなかなか思うようには延ばされない。しいて延ばそうとするとちぎれがちである。それが、空の光の照明度がある限界値に達すると、たぶん細胞組織内の水圧の高くなるためであろう。螺旋状《らせんじょう》の縮みが伸びて、するすると一度にほごれ広がるものと見える。それでからすうりの花は、言わば一種の光度計《フォトメーター》のようなものである。人間が光度計を発明するよりもおそらく何万年前からこんなものが天然にあったのである。
 からすうりの花がおおかた開ききってしまうころになると、どこからともなく、ほとんどいっせいにたくさんの蛾《が》が飛んで来てこの花をせせって歩く。無線電話で召集でもされたかと思うように一時にあちらからもこちらからも飛んで来るのである。これもおそらく蛾が一種の光度計を所有しているためであろうが、それにしても何町何番地のどの家のどの部分にからすうりの花が咲いているということを、前からちゃんと承知しており、またそこまでの通路をあらかじめすっかり研究しておいたかのように真一文字に飛んで来るのである。
 初めて私の住居を
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