うな感じもする。尤《もっと》この頃自分で油絵のようなものをかいているものだから、色々の人の絵を見ると、絵のがらの好き嫌いとは無関係な色々のテクニカルな興味があるのである。実際どれを見ても、当り前な事だが、みんな自分よりは上手な人ばかりである。しかしその上手な点を「頭」へ矢つぎ早に受け込んで、そして一々感服する方がとかく主になってしまって、何かしらしみじみ[#「しみじみ」に傍点]と「胸」に滲み込んでくるような感じが容易には起りにくい。
 どうもみんな単にうまい絵[#「うまい絵」に傍点]を描く事ばかり骨を折っているのではないかという疑いが起って来る。それならば大概の絵はそれぞれの意味でうまいところがあるという事が自分のようなものでも分る。一体自分の求めているようなしみじみとした絵は、こういう処では始めから得られないにきまっているのかもしれない。
 おしまいの方の部屋の隅に、女の子の小さな像が一枚かかっていた。童女は黒地に赤い縞《しま》の洋服を着て、右の手に花を一輪もっている。一目見ただけで妙な気がした。これはこの会場にふさわしくないほど、物静かな、しんみりとした気持のいい絵であると思った。
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