日本人が、主婦に対して色々詫言《わびごと》を云うのを、主婦の方では極めて機嫌よく「いや何でもありません、ビッテ、シェーン」を繰返していた。そうしてその人が永い滞在の後に、なつかしい想いを残してその下宿を去る日になって、主婦の方から差出した勘定書を見ると、毀《こわ》れた洗面鉢の代価がちゃんとついていたという話がある。
 またある留学生の仲間がベルリンのTという料理屋で食事をした時に、いつもするように一同で連名の絵葉書をかいた。その時誰かの万年筆のインキがほんの少しばかり卓布を汚したのに対して、オーバーケルナーが五マルクとかの賠償金を請求した。血気な連中のうちの一人の江戸っ子が、「それじゃインキがどれだけ多くついてもやはり同じ事か」と聞いた。そうだという返答をたしかめてから後に悠々と卓布一杯に散々楽書をし散らして、そうして苦い顔をしているオーバーを残してゆるゆる引上げたという話もある。
 ドイツだとこれほど簡単に数字的に始末の出来る事が、我が駒込辺ではそう簡単でないようである。
 どちらがいいか悪いか、それは分らない。ある解釈に従えば、私の偶然に関係した店の主人の仕打ちうや、それに対する私のした事や考えた事なんかは、すべてがただ小さな愚かな、時代おくれの「虚栄心」の変種かもしれない。
 しかしともかくも私はちょっと意外な事に出逢ったような気がしてならなかった。而《しか》してこういったような商人がそこらに居るという事が何だかちょっと愉快なことのようにさえ思われたのである。

 宅《うち》へ帰って昼飯を食いながら、今日のアドヴェンチュアーを家人に話したが、誰も一向何とも云ってくれなかった。
 庭に下りて咲きおくれた金蓮花とコスモスを摘《つ》んだ。それをさっき買った来た白釉の瓶に投げ込んで眺めているといい気持になった。これを眺めているうちにも、また展覧会の童女の像を思い出した。あれは実に美しい。何とも云われないしみじみと美しい絵である。あれに比べると外の多くの騒がしい絵は、云わば腹のへっているのに無闇に大きな声を出しているような気のするものである。真に美しいものは大人しく黙っている。しかしそれはいつまでも見た人の心に美しい永遠の響を留める。そしてその余韻は、その人の生活をいくぶんでも浄化するだけの力をもっている。こういう美しいものを見たときと見なかった時とで、その後に来る吾人
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