の経験には何らのちがった反響がない訳にはゆかない。

 展覧会で童女像を見た事と壷のアドヴェンチュアーとは一見何の関係もない事のようである。しかしこれを経験した私にとっては、どうしてもこれを二つの別々の経験に切り離して考える事が困難に思われる。切り離すと、もうそれは自分の活きた経験でなくなって、まるで影の薄い抽象的な「誰でも」の知識になってしまう。
 吾々は学問というものの方法に馴れ過ぎて、あまりに何でも切り離し過ぎるために、あらゆる体験の中に含まれた一番大事なものをいつでも見失っている。肉は肉、骨は骨に切り離されて、骨と肉の間に潜む滋味はもう味わわれなくなる。これはあまりに勿体ない事である。
[#地から1字上げ](大正十年十二月『明星』)



底本:「寺田寅彦全集 第八巻」岩波書店
   1997(平成9)年7月7日発行
入力:Nana ohbe
校正:浅原庸子
2004年12月13日作成
2005年10月29日修正
青空文庫作成ファイル:
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