っているA姓の人が何人あるか不明であるから(一)の問題はやはり不明である。ただ、近所のA家の猫と宅の猫との血族関係に関しては幾分のプロバビリチが出来ていた訳である。
下手の探偵小説には(1)(2)(3)(4)だけから(一)(二)(三)を誘導するようなのがありはしないか。おなじような論理の錯誤から実際の刑事事件について無実の罪が成立する恐れが万一ありはしないか。そんなことを考えさせられるのであった。
近ごろ、某大官が、十年前に、六百年昔の逆賊を弁護したことがあったために、現職を辞するのやむなきに立ち至ったという事件が新聞紙上を賑わした。なるほど、十年前の甲某が今日の甲某と同一人だということについては確実な証人が無数にある。従ってこの問題と上述の「猫の場合」とは全然何の関係もない別種類の事柄である。何の関係もないことであるにもかかわらず、ふとした錯覚で何かしら関係があるような気がしたのは、たしかに自分の頭の迷誤《アベレーション》である。それで、これも不思議な錯覚の一例として後日の参考のためについでに書添えておくこととする。
[#地から1字上げ](昭和九年二月『大阪毎日新聞』)
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